天王寺 <東京都台東区>
谷中名狛めぐりで天王寺を参拝した。
天王寺は、かつて感応寺という日蓮宗の寺院だったが、元禄12年(1699)天台宗に改宗、天保4年(1833)天王寺と改めた。
享保年間には富くじ興行が許可されたことで賑い、湯島天満宮、目黒不動龍泉寺とともに江戸の三富と称されるほどに賑わっていたが、上野戦争では、当寺に彰義隊の分営が置かれたことから、本坊と五重塔を残して堂宇を全て焼失、さらに昭和32年の放火心中事件で五重塔を焼失した。
江戸期の史料に丈六仏と紹介されている銅造釈迦如来坐像や庚申塔群がある。また、門前の地蔵堂には天王寺地蔵尊と青面金剛がある。
2024年2月17日
東京都台東区谷中7-14-8
関連
隊長とゆく! 谷中名狛めぐり&新年会
https://aunkomainu4.seesaa.net/article/202402article_2.html



















天王寺は、かつて感応寺という日蓮宗の寺院だったが、元禄12年(1699)天台宗に改宗、天保4年(1833)天王寺と改めた。
享保年間には富くじ興行が許可されたことで賑い、湯島天満宮、目黒不動龍泉寺とともに江戸の三富と称されるほどに賑わっていたが、上野戦争では、当寺に彰義隊の分営が置かれたことから、本坊と五重塔を残して堂宇を全て焼失、さらに昭和32年の放火心中事件で五重塔を焼失した。
江戸期の史料に丈六仏と紹介されている銅造釈迦如来坐像や庚申塔群がある。また、門前の地蔵堂には天王寺地蔵尊と青面金剛がある。
2024年2月17日
東京都台東区谷中7-14-8
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